2010年 11月 02日

エスペランザ~希望 チリ落盤事故で学んだこと

カテゴリー: Resiliency Essay



先日、素晴らしいニュースが世界中を駆け巡った。

チリの落盤事故で地下700メートルに閉じ込められた33人、その全員が無事に救出されたのだ。
2010年8月5日に落盤事故があったのだから、救出された10月13日は70日目ということになる。

7時間ではない、7日間でもない・・・70日間。想像を絶する時間だ。

極限状態では、生と死の境は、一本のロープに例えられる。
ロープを握り続けられれば生き、手放してしまえば死がある。(In extreme situation, death is like ‘letting go of a rope’ – The Survivor Personality)
それほどあっけないものなのだ、というのだ。

彼らを生き延びさせたものは何だったんだろう?

ニュースを見ていてたまに「これにアル・シーバートだったら何を言うだろう?」と考えることがある。
彼と親しくメールや電話のやり取りをしていた時もそうだったし、亡くなった今はさらにそう思う。
この奇跡のようなチリのニュースは正にそういうものの一つだった。

生き残ることを様々な好条件が重なった故の偶然だ、という人がいる。
しかしシーバートは40年間の研究で「生き残る人は生き残るべくして生き残る」ということを
研究し、証明し続けてきた。

今後、このニュースの真実は少しずつ解明していくことになるだろう。
それを楽しみに待ちたいが、一つ、思ったことを挙げれば、
「生き残る人は、楽観的かつ悲観的、というように一見相容れない性質を併せ持っている」ということだった。

チリの事件では、生存が確認されるまでの二週間余り、想像を超えた極限状況と絶望の中、
彼らを支えたのはまずルイス・ウルスアさんの
「こういう状況では、救助には案外時間がかかるものなんだ。
」という判断であったと思う。

54歳のウルスアは地形測量士でもある学者肌、しかも鉱山勤務30年以上もあるベテランだった。
エキスパートである、その人から「俺たちが考えるよりも救助には時間がかかるものなんだ」
という言葉は、死刑宣告ではなく、「だからあきらめないで希望を持て」という啓示に聞こえたのではないか。

みんなが目の前の、手っ取り早い楽観的に過ぎる希望的観測に縋ろうとしている時に、
あえて、Devil’s Advocate(あえて反対意見を出す人)となって、骨太の、真の希望を持たせようとしたのだ。

希望的観測に縋れば、人は簡単に現実に裏切られ、うちのめされてしまう。
しかし、「そんなもんなのだ」と始めから思っていれば、心の平静を保つことができる。
そして「いつか必ず助け出される」と信念を深く保っていられる。

「生き残る人は、矛盾する感情を自分の中に同時に持つことができる」

PS: 彼らは正に一人一人がヒーローだと思うが、彼らを聖人君子だと思ってはいけないとも思う。
日本人は特に、英雄的な行為をした人が全てにおいて立派であると思い込みやすい。
だから、彼らの中の一人が愛人を持っていた、とか結婚もしないで子供を作っていた、とか
でしらけ、彼らの偉業をさえ否定する傾向がある。

PTAか!文科省の回し者か!

これから彼らの間で金の問題やらお互いの批判やらも出てくるかもしれないが、
そんなものは、彼らが生き延びたという事実の前では「屁のツッパリにもならない」。

大体彼らは多面性をもつサバイバーなんだから。



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2010年 8月 08日

Don't eat alone! よっこのランチ会

8月6日は友人のよっこ(横川裕之さん)主催のランチ会でした!

よっこは同じ大学の出身という事もあり、初対面から
(勝手に)親近感を感じていましたから、彼のランチ会には
極力参加させて頂いています!

爽やかな男なんですが、謙虚で驕った所がない。
そのせいでしょうか、彼の周りには魅力的な人が集まってくるようです。

このランチ会も、回を重ねるごとに素晴らしく、実りの多いものになっています。
また集まる人も素晴らしいばかり。

今回も、
友人の、
たなか彼方さん
取次学さんと久しぶりにお会いできました。

同年代の
あったか社長こと國武栄治さんとは二回目ですが、
もうすでに親友のようになってしまった。

そして今回は、会いたいなと思っていた、
白川仁子(しらかわよしこ)さんとも会う事が出来たのも嬉しかった。

彼女の事は色々な方から佳い評判を聞いていましたが、
その期待を上回るほどご機嫌な人でした。
聞き役に回りながらもしっかりと印象を残す。
そんな事が出来る大人の女性も多くないと思う。

またセミナー集客の、金子欽致さんは
初対面ですが、とても楽しく人懐こい方でした。
あまりお話しできなかったので、改めて時間をとって
お話を伺いたいと思いました。
お酒でも酌み交わしながら(笑)!

そして帰りの電車では
掘英郎さんと一緒に。
この方も成功されていらっしゃるのに
高ぶった所がない。
拙訳書の「オレなら、3秒で売るね!」をお読み頂いたらしく
くすぐったくなるくらい持ち上げて頂いた。
流石、ひとたらしですな!掘さん!!

僕がアル・シーバートに教わったレジリエンシーとは、
ある意味、多様性を心の中に持つ、という教えでもあります。
一つの事に凝り固まらず、色々な見方が出来る事、
そして色々な可能性に心を開いている、という事。

世代や性別を超えて、さまざまなご機嫌な人と
常に出会っていく、という事は
それを可能にしてくれます。

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2010年 7月 03日

告白

カテゴリー: 映画

「告白」。去年のうちに原作を読んでいました。

しかし、正直何の感想も湧かなかった。

映画と原作では、まず原作の方が何倍も面白い。
時間の制限もあり、原作では自由にはばたく空想も映画では送り手の想像力の
限界に閉じ込められてしまいます。

同じ中島監督の映画で「嫌われ松子の一生」も快作だと思いましたが、それでも
原作の方が何倍も面白かった。



しかし、この「告白」は・・・・・この映画、傑作ですよ。

原作を読んでいなくても全く楽しめるし、僕自身は原作よりも素晴らしい!と思った数少ない例でした。

実は、この映画、二回観ました(笑)。

一度目では捕えられなかった事も二回目では捕える事が出来ました。

そして同じように面白かった。

これを一言でいうと、悪意に満ちた映画!

それでもここまで人間の悪意に真正面から向き合わされると、スカッとするというのか、
観終わった後はそれ程後味が悪くはない。(ぐったりと疲れますが)
それは中島監督の地の明るさがそうさせるのでしょうね。どこか遊び心がある。

とにかくその悪意は中学生の描き方にこれでもか、というくらいに向けられます。

大体、中学生が純真で素直なんてどの時代にもあった試しがない。
まっすぐで単純で青臭くて間抜け・・・そんな彼らがまっすぐに単純に、悪意をぶつけてくる。

それを受けて立つ側の女教師は、シングルマザーで、はかなげで、けなげで。
それを見事に演じた松たか子は素晴らしかった。
この映画は彼女なしには成立しなかったんじゃないか、と思わせる出来でした。

そして怪物的な母親役を演じた木村佳乃も怪演!
思わずこの女優が嫌いになってしまいました。演技とは思えません!


悪意を持った怪物たちに対峙する為には自らも怪物になって行くしかないのか?
松たか子がとても人間的で柔らかい生身を感じさせるがゆえに、彼女が感情を閉じ込めて自らも怪物になって行こうとする孤独な戦いに、救いを感じました。

安易に人を傷つけ、あやめてしまう奴らには、モラルや利いた風な正義を振りかざしても何の役にも立たない。


生の、血が滴るような、強い強い憎しみの感情。それを繰り返し、繰り返し、執拗にそのバカ者たちに突きつける事しかない、この映画は鮮やかな映像と共に、それを僕らにちょっとエグイ方法でそれを語りかけてくるようです。

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2010年 5月 06日

生き残る人の心理学

カテゴリー: 生き残りの心理学

僕には保険代理店の経営者と言うもう一つの顔があります。

特に損害保険という商品の性格上、色々な事があります。事故の対応が仕事の大きなウェイトを占めますから、自ずから、事故や災難への興味が湧いてきました。

特に災害時の究極的な局面で、人間はどう行動するか、という災害心理学への興味を持つようになりました。
それが、「生き残りの心理学」の研究家であったアル・シーバートとの出会いを演出してくれたのですから、本当に人生分からないものです・・・・(遠い目)。
最近Psychology Today(現代心理学)という雑誌に、災害時に役立つ心理学と言う記事が有ったので、ちょっと紹介しましょう。

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まず紹介されているのはスキー中に遭難した男性の話。

おまけに足を骨折していたそうです。

何と救出されるまでに、極寒の中、9日間(おいおい!)生き延びていたというのだから、安宿のエレベーターで6時間閉じ込められて以来、閉所恐怖の気があるオイラは聞くだけで失禁してしまいそうです。

そんな中、彼を救ったのはパニックにならず、心の平静を保てたという事。極限状況の中、「このまま人生が終わるのなら、俺はどんな人間でありたいか」と自問したそうです。 
死の恐怖に心の焦点を合わせるのでは無くて、雪に反射する美しい陽の光、小鳥のさえずり、雲の動き、そんなものに合わせていった。
「死ぬ恐怖を考えない事で、自分の心は、今・ここに集中していた。今・ここに集中しているから、諦め、を考える事もなかった。」

しかし、こういう話は、「ふーん、なるほど!」と感心する事はあれ、あまり共感できないような気もする。
余りに立派すぎるような気がしないでもない。

僕が共感でき、これだ!と膝を打ったのは次の話です。

実は、極限状況に置いて、自分ではない力が出てきて、超人的に振る舞えるという事はない。
いつもの自分で立ち向かうしかないのだ、
と言います。
自分がいつもやっている事が、そんな場面にも出てきてしまう。
良きにつけ悪しきつけ、僕らはその意味では常に災害の予行演習を知らず知らずにしているというのです!!!

例えば、車の運転中に、ちょっとした事にイライラしてどなり散らし、荒い運転をしてしまう。
そんな人が、大変な状況で、的確に状況を判断し、冷静にそれに対処する。
そんな事が出来るでしょうか?

・・・・と言われてみれば、その通りです。訳もなく謝ってしまいたくなりました(笑)。

だから、ちょっとした時、コンビニで横入りされた、デニーズで注文を取りに来ない(!)、ような時に少しずつ訓練を積んでいく、という風に考えるといいようです。

それと、自分だけが生き延びる、と考えるだけでなく、他人に手をさしのばせる人である事も大切なようです。
自分のことだけでなく、周りを考える「余裕」がいいんでしょうね。

とにかく、そんな極端な状況をイメージし、日常生活でリハーサルしておく、そんな事がイザ、という時とても役に立つようです。
[Source: Crash Course by Jay Dixit]

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PS: 興味を持った方は、拙訳書『逆境に負けない人の条件』を読んでみてください。
きっとヒントが得られると思いますよ。今ならアマゾンで安いです。

PPS: GW明けでちょっと「辛いなぁ」と感じているあなたにも。

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2010年 2月 26日

また直ぐに青になるから。~アル・シーバートと日本の自殺率

カテゴリー: 未分類

Minds are like parachutes — not much good unless they are open.
(心はパラシュートに似ている。開けなければ使い物にならない。)

6年前に始まった僕とメールのやり取りの中で、シーバートが最初に興味を持ったのが日本の自殺率の高さでした。

たまにニュースでもやってますよね?「今年も日本の自殺者は3万2千人を超しました」とか。

これは人口当たりの比較(自殺率)だとアメリカの倍以上です。
しかも、40代から60代の働き盛りの男性に圧倒的に自殺者が多い、といいます。

これってとんでもなく不名誉な事じゃないでしょうか?

去年、自動車事故で亡くなった方は5千人を切った、と報道されました。こちらの数字は、飲酒運転や自動車の性能アップなどもあり毎年改善しています。

自動車の事故の死者の7倍近い人が毎年自ら命を絶っている。

アル・シーバートにはこれが驚くべき事に思えたのでしょう。

景気の低迷、健康上の問題、人間関係、など分類すれば様々な理由はあるのでしょうが、僕はこう思います。

「希望格差社会」とは社会学者の山田昌弘さん(最近は婚活、で有名ですね)の
名キャッチコピーですが、人間が希望を持つ事が難しい社会にこの日本がなってきた。

勝ち組負け組なんていう言葉に代表されるように、元々僕らの社会は人間の価値観の多様性を認める社会ではなかった。

みんながたった一本のロープにしがみついているような状態。そしてひとたび落ちると
ロープは、ネットと違ってもうすがりつく場所は無い。

また自殺しようとする人たちが、さまざまな葛藤を抱えている、というのはそうでしょうが、それでも最終的に自殺までいってしまうのはちょっとしたキッカケによるのかもしれません。

たまたま、その日、悪い事が続いた、とか。
たまたま、電話した先が留守電になっていた、とか。

そういえば、数年前、秋葉原で大事件を起こした男も、随分ちょっとした事で凹み易い性格だったようです。 勿論自殺者と殺人者を延長線上で語ることなどできませんが。

誰でも、上手くいかない日はある。それでも自暴自棄になるかどうか、というのは持っている心の癖にあるような気がします。

日本社会が単一民族国家で多様性を欠いている事が、自殺率をはじめ様々な問題を
発生させているように、僕ら一人一人がそれぞれの心の中に多様性を持つ事が必要なのかもしれませんよね。

赤信号が続き、イライラしていたお父さんに5歳の息子がこう言ったそうです。
「大丈夫だよ、パパ。又すぐに青になるから」

上手くいかないときは、全てが八方ふさがりになるように感じます。

でもちょっと辛抱していると、パァっと霧が晴れるように又何でもないように上手くいき出す。

人生はそんなことの繰り返しのような気がします。

「大丈夫だよ。また直ぐに青になるから!」
レジリ
PS: 実はシーバート博士は、自殺に関しては許容的な立場をとっていました。
「その人は末期の難病を患っていたかもしれない。それでも君は自殺はいけない、と言えるのか?」と言っていた言葉が今も耳に残っています。

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2010年 2月 09日

「インヴィクタス~負けざる者たち」観てきました!

カテゴリー: 未分類

封切られたばかりのインヴィクタス・負けざる者たちを観てきました。
クリント・イーストウッド監督の話題作、という事は勿論、モーガン・フリーマン
がネルソン・マンデラを演るというなら、こりゃ、観るしかないでしょう!

主役を演じたマット・デイモンも、凄いマッチョになって登場。真面目で思慮深い役を好演していました。

だけど、この映画のウリは、とにかく圧倒的なモーガン・フリーマンの存在感でしょうね。

もう既に役者という枠には収まらない器だ、と感服しました。

何か歴史上の人物を見ているような感じがしましたもん。


アパルトヘイトという人種隔離政策によって、世界中から非難を受けていた1995年当時の南アフリカが舞台。黒人たちは不潔極まりないバラックに住みサッカーに興じている。
他方、支配階級の白人たちは金網で隔離されたゲートシティに住んで、ラグビーに熱狂している。

ラグビー、という競技自体が、白人支配の象徴であって被差別階級の黒人たちの憎悪の的なんです。

その南アフリカでラグビーのワールドカップが開催されることになります。

メンバーの殆どが白人のラグビーチームを冷ややかに見ていた黒人たちも
強豪オーストラリアやサモア、そしてフランスまでも破るのを見て、次第に白人と共にナショナル・チームを熱狂的に応援していくようになります。

特に印象的だったのは、超人的な破壊力を持つニュー・ジーランド、別名
オール・ブラックスとの決勝戦の前夜のマット・デイモンと妻との会話です。

「明日の試合が心配なの?」
「いや、もうここまで来たら心配じゃない。戦うだけだ。
それよりも30年も地獄のような監獄にいた人間がなお、人を許す。
それはどんな事なんだろう、と考えていたんだ。」

とこんなことを話していました。

そしてマット・デイモンは、INVICTUS、屈しない魂、という詩に思いをはせます。

Invictus、ラテン語だそうです。英語で言うと、Invincibleになるのでしょうか。
「不屈の」「決してくじけない」という意味です。

「I am the master of my fate,
and the captain of my soul.」

僕は、しかし、この副題の、負けざる者たち、はちょっと誤訳じゃないかな、と思います。
「決して負けない」ことと「決してくじけない」ことは違います。
希望の底に、絶望の淵に、不幸のずんどこ、じゃねぇやぞんどこに何度も立たされた魂から発せられる言葉だからこそ、圧倒的な共感を呼ぶ。

マンデラは、30年の収監生活の中で、恐らく、不安や絶望に何度も打ちのめされそうになった事だと思います。
凄まじい差別の中で黒人に生まれた事は、もうその時点で、負けが自分の生活の全てのようについて回った事でしょうね。
彼の人生は、きっと負け続けの人生だった。

それでも決してその魂は絶望に屈することはなかった。
この映画はその事を教えてくれ、深く静かな感動を残してくれます。

「私の運命も、魂も私がコントロールしているのだ。」

僕も、この人生で学んだことは、決して人から、そして勿論自分からも、希望だけは奪ってはいけない、という事でした。この映画はそれを思い出させてくれました。

PS: 音楽もいいです。しびれるほど!
PPS: のじさん、あなたの言葉に深く感動しました。是非大切な人と観て下さい。

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2010年 1月 29日

現実に対応するにはどうするべきか?

カテゴリー: 未分類

保険屋さんという職業柄、僕はいつも(これでも)意識している事がある。それは、事
において逃げないで対応できる存在でありたい、という事です。

こう書くと、物すごーく、いやらしいのですが、別に僕がそうだ、と言っているわけでは
ありませんので念のため。

僕は生まれつきとても臆病だと思っています。それを隠そうとして、粗暴なふりをしたりもしました。
だけどその臆病さのおかげで、どうにか自分に自信をつけようと色々と学ぶ事が出来たと持っています。
例えば、

『有事斬然 無事澄然』という言葉。
中国の六然、人の六つのあり方というのでしょうか、その中の一句です。
『ひとたび事があれば颯爽と対応するし、何もない時はゆったりと構えている』
そんな意味だと思いますが、これ、素敵だと思いません?

大体、この反対の人が多すぎる!何もない時は威張り散らしているけど、そんな人は
何かあるとトイレに逃げてたりするんですよね。

人間はもともとそんな強いものではない。勿論弱いものでもない。
心をどこに置くかで強くも弱くもなると思うのです。

そんな思いを持っている僕がいつも気をつけたい、と思っている事は、

何か事が起こる(外界)
   ↓
何が起こってるのかを把握し、観察する(内面) 
   ↓
それに最も適切に対応する(内面)

という事。

これに比べ、

何か事が起こる(外界)
   ↓
何でこんな事が起こるのかと戸惑う(内面)
   ↓
機能不全に陥ってしまう(内面)

という事が起きる事がある。

僕自身も以前、目の前が真っ暗になるくらいの不意打ちで
衝撃的な事が起こるのを経験しました。

その時には、どうしても、「何故」~ WHYを考えてしまう。
だけど、そこからは、WHYの無限ループが始まり、
被害者意識に凝り固まって、うずくまってしまう事になる。

まず、「何が起こっているのか?」、
また、「何は起こっていないのか?」
という「何」~WHATに直ぐに心のベクトルを向けたほうがいい。

何故、を考えるな、というわけじゃないんです。
それは、その後に、きっと、
いくらでも、
考える時間があるでしょうから。

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2010年 1月 13日

弾む心でいこう! 2010.1.24

カテゴリー: 未分類

こんにちは!
新ブログでは記念すべき初投稿です!
本当に多くの方にお世話になりました。

特に、Mr.Agent取次さん、深山聡子さん。
このお二人が背中を押してくれました。
そして、実践的なパソコンの塾、パソ塾のみなさんにも、
いつも元気をもらっています。

思えば僕はいつも「人」に恵まれました。
自分自身は取るに足らない者ですが、いつも周りには
尊敬し、信頼し、そして笑い合える人がいました。

他には何も持っていませんが、しかし、そんな「縁」という
最高の運を持って生れてきました。

もともとは気難しく、品の無い、しょうもないすっとこどっこいだった自分が
とりあえずここまで来ました。

英語を教えてくれた故・峯島喜雄先生、あなたの姪っ子の高島礼子さんは
全くあなたに似ていません―本当によかった(なんのこっちゃ)

そして我が子房、そしてメンター、兄、父、そして友でもあったアル・シーバート。
あなたが6月に逝ってしまって淋しいです。
でもあなたの最後の数年に奇跡的に出会い、付き合う事が出来た事は僕の
誇りです。

またあっちいったら話しましょう、日本酒を飲みながら。でもできればあと35年ほど
待っていてもらいたいです。

ま、なんか、辛気臭い事を書いちまいましたが、持ち前の毒舌で皆様方には
ご迷惑をおかけするかもしれませんが、
どうか、
ながーい
目で
みてやって
下さい。

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